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【バレンタインのプレゼント】亡き妻の想いを引き継いでくれた娘
毎年、バレンタインのプレゼントをくれた妻。
今年ももうすぐ2月14日になるのか。
私は、ふとカレンダーを見て気が付きため息をつきました。
そして同時に、去年の秋に他界した妻のことを思い出しました。
妻は、去年の夏まで元気だったのに突然倒れ、あっという間に衰弱して逝ってしまいました。
末期のガンでした。
あと数年で定年になる。
そうしたら、妻といろいろな所に旅行したりして、これまでの苦労をねぎらう予定だったのに……。
妻は、その時を待たずして、いや、私のささやかな将来の夢も知らないまま、最後は眠るように亡くなりました。
最後まで弱音を吐かず、いつも明るくて他人への優しさに満ち溢れた女性でした。
そんな妻は、毎年バレンタインデーに私にプレゼントをくれたものでした。
プレゼントは決まって2つ。
毎年同じものでしたが、同じことをくり返していくことがなんだか幸福の象徴のようで、好きでした。
毎年、バレンタインデーのプレゼントをもらっては、妻との変わらない愛を誓い合ったのに。
彼女は、私を残して逝ってしまった。
今年はもう、妻の笑顔を見ることは出来ないのです。
若い娘のように少し照れてプレゼントを渡す、妻のあの顔を……。

娘は彼氏に夢中のようで……。
私がカレンダーを眺めて感傷にひたっていると、
「ただいま。」
ぶっきらぼうな娘の声が玄関から聞こえてきました。
娘は今年で18歳になります。
妻が亡くなる前から、娘とはなかなかそりが合わなかったのが、妻がいなくなってからその傾向は余計に強くなってしまいました。
そういえば、バレンタインデーも、妻のプレゼントに喜ぶ私を見て、
「いい歳こいて、なにデレデレしてるんだか……。」
なんて悪態をつかれたこともありました。
そんな娘ですが、どうやら彼氏ができたようです。

以前、家の前まで男と手をつないで帰ってきたのが、偶然窓から見えました。
彼氏とはとても仲が良いようで、よく部屋で電話などしているようです。
「えー? そうなの? …… うん、うん …… ふふっ …… そうなんだぁ。」
娘の部屋の前を通ると聞こえてくる、私は聞いたことのないような声。
よほど、彼氏のことが好きなのでしょう。
とろけそうに甘い声で喋る娘の声は、たまに妻に似ていて私は鼻の奥がツンとなるのでした。
まさか彼氏に対してと同じような声で喋って欲しいとは思いませんが、もう少し打ち解けてくれると嬉しいものです。
しかし、そうは願っても現実は変わりません。
妻はおらず、娘は私には興味なし。
プレゼントが欲しいわけではもちろんありませんが、きっと娘は彼氏と1日デートに出かけるでしょう。
今年のバレンタインデーは寂しい1日になりそうだ……。
と、私はまた、ため息をついたのでした。
バレンタイン当日、娘はデートの準備で大忙し。
そして、バレンタインデーの当日になりました。
娘はやはり彼氏とデートなのか、朝から部屋で服選びなど用意に大忙しのようです。
「う~ …… こっちかな……?
でもスカートはこれだから……。」
なんて独り言も聞こえてきます。

思い返せば、娘が幼い頃は妻と一緒にプレゼントを渡してくれたものでした。
「パパ、いつもありがとう!バレンタインのプレゼントだよ!」
あの頃は、
「大きくなったらパパと結婚するの!」
なんて、かわいらしいことも言っていたのに……。
小学校、中学校、高校……。
年齢が上がるにつれ、いつからか娘は私のことを、
「うざい。」
と避けるようになってしまいました。
これも、今どきの若者なのでしょうか。
あれやこれやと昔のことを思い出しては、思わず苦笑いが浮かびます。
まだ幼く、無邪気だった娘のこと、そのそばで幸福そうに微笑む妻のこと……。
目を閉じて、あれこれ思い出していると、
「…… パ、ねぇ! パパってば!」
いつの間に部屋から出てきたのでしょうか。
娘が、私の横に立っていました。
「お、おぉ …… すまん …… どうしたんだ?」
「もう何回も呼び掛けたのに! ママが死んじゃってから、パパ、おかしいよ? 大丈夫?」
相変わらず、厳しい娘です。
「いえ、すまん …… 昔を思い出していたんだ。」
「もう …… すっかりおじいちゃんみたいじゃない。」
そんな娘の手厳しい言葉に内心傷つきつつ、話を切り替えます。
「ところでどうした? 出かけるんじゃないのか?」
見れば娘は化粧もばっちり、服もかわいらしいものを着て、ずいぶん頑張ってデートの用意をしたのが分かります。
そして、手には紙袋。
彼氏に渡すのでしょう。
「どうした? 時間は大丈夫なのか? 急ぐなら、駅まで車で送ってやろうか?」
娘は私の横に立ったままです。
娘が差し出したのはバレンタインプレゼント。
「…… これ。」
おもむろに手に持っていた紙袋の中からプレゼントを差し出す娘。
「…… え?」
「バレン、タインだから ……」
「もしかして …… くれるのかい ……?」
「そう ……」
「え。そ、そうか …… ありがとうな。」

まさか娘が私にプレゼントを用意してくれていたなんて……。
信じられない気持ちで、プレゼントを受け取った私は、その後さらに驚くことになります。
中から出てきたのは……
「あ、お前、これ ……」
それは、亡き妻が毎年私に送ってくれていた、私の大好物である「六花亭のマルセイバターサンド」。
そして、冷え性で風邪をひきやすい私を気遣って渡してくれていた「ファルケのカシミヤ混ソックス」。
「ママがさ …… 毎年パパにあげてたじゃん。…… 今年は私から、あげる。」
「ありがとう……。早速、靴下を履いてみていいかい?
…… ああ、温かい。ありがとう。
バターサンドの方は、お前が帰ってきたら一緒に食べないか。 」
「…… うん。」
その夜、娘が帰ってきてから、二人でバターサンドを食べました。
足元にはもちろん、娘がプレゼントしてくれたソックスを履いて。
思えば、久しぶりに娘とゆっくり向き合って物を食べている気がします。
「うまいな ……。」
「うん、美味しいね。」
「本当に、ありがとう。母さんがいなくなってしまって、父さん、実はちょっと寂しかったんだよ。」
「そう思って、ママが毎年おんなじの買ってたの知ってたから用意したの。」
「そうか ……、おかげで寂しくなかったよ。ありがとう。」
「…… いいよ。…… それじゃあ、来年も寂しくないように、私がママに代わってプレゼント用意してあげる。」
「そうかい、来年も楽しみにしているよ。」
(あなた、良かったわね ……)
ふと、妻の声が聞こえたような気がしました。